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ロンドン郊外の野原や地方都市の市街地そのものを、競技の場にみたてて町村対抗 の形式の多人数フットボールが行われていました。14世紀頃のイギリスでの話で
す。数100メートルあるいは数キロメートル離れて設定されたゴールに向かって、 ボールを蹴り、投げ、持って走りました。マス・フットボールと呼んでいます。これ
が校庭におさまるようなコンパクトな形式にととのえられるまでには幾多の変遷がありましたが、まとまったのは19世紀初めに、パブリックスクールの競技として現れたときです。
やがて、1863年にサッカー協会(Football Association)が、1871年にラ グビー協会(Rugby Union)が、それぞれに近代スポーツとしての誕生のうぶ声をあ
げることになりました。イートンの足使い蹴球(ドリブリング形式)と、ラグビーの ボール運び蹴球(ハンドリング形式)の2種類が誕生することになったのですが、競技場は校庭ですからほぼ同じ大きさで、1チームの人数が11名と15名というように違いました。
さて11名で競技するサッカーですが、コートに広がっている選手達にはポジショ ン毎に役割があります。不屈の闘志を要求される1人のゴールキーパー、守りの専門
家の2人のフルバック、中盤の攻守の中継役である2人のウイングハーフ、そして中央にハーフセンターがいます。フォワードは5人です。両翼はウイングと呼ばれ、相手の守備陣型を横に広げさせて、ゴール前を攻めやすくします。その内側にはイン
ナーがいます。攻撃の完成者はセンターフォワードです。みんなのお膳立てをふまえて得点をあげます。
チームの中に多人数がいるとき、それぞれが役割分担をしてチームの目標の達成に 協力します。チームプレーといわれるものです。人々がそれぞれの立場からより良い状態を求めて努力する時、これに関わる何らかの大いなる力に頼ることがあります。
日本には、そのような「力・救い」を求める人々に、大きな慈悲を与えて下さる観 世音菩薩がおられます。
観音の名を唱える全ての人々の生きざまをよく観察しておられて、それぞれに見合 うように救いを与えてくださいます。求める救いの種類が多岐にわたりますから、そ
れへの対応も一通りではありません。そんな変化の様子を仏像に示したものが十一面 観音像です。一面二臂(腕)の人間的な姿の、頭の上に11の顔をもつ像容です。
正面の3面はいつくしみ、あわれみの様相を示した菩薩面、左側の3面はいきどお りの形相をした瞋怒面、右側の3面は牙をみせてはげましの心を示す狗牙上出面、う
しろの1面は善をみて喜び、悪をみて嘲り笑う大笑面、そして頂上には阿弥陀如来仏 があって、すべてのことごとを見通しています。十一面観音の功徳は現世における病
をさけ、罪を減じ、福を授けるといいます。しかし、仏像は祈念の対象であって、自らの行為行動の努力の結果を良い方向に導いてくださるように祈るものです。
社会生活の中では、前向き積極的攻撃的に進むことがあります。主役に立つこと も、脇役に回ることもあります。基礎固めに重点をおく時期もあります。病や災難から身を守るために非活動的なこともあります。
そのようないろいろな立場と状況の人々の行いをやさしく、きびしく、悩みの心を もって眺め、努力に見合う幸せをもたらそうと、観世音菩薩はみておられるのです。
多人数、多方面、多くの役割、多くの努力、多くの運命、いろいろな心とからだの 働きをコンパクトにして、人々に納得のいく姿にまとめあげた結果が、11名という
競技者よりなるサッカーというスポーツ文化であり、11面の顔をもつ観世音菩薩と いう仏教信仰の対象なのだと考えるのです。
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