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いつの世の中にも、自分で努力をしたり、アイデアを出すことをせずに、他人の行為を真似し、他人と同じような成果を得ようとする人々がいる。そんな人に限って、巧く行かないと八
つ当たりをして、道義にもとる行為をし、他人に迷惑をかけるのである。
一方、大いなる自然の力が我が身に与えてくれるいろいろな形の恵みを感謝し、社会で出会うつらい事柄には、じっと我慢をしながら、感謝、感謝で過ごす人もある。
今回は、花咲爺の物語を読み返しながら、健やかな人生を送るための手掛かりを得ることにしよう。
その昔、爺と婆が仲良く暮らしていた。爺は山へ柴刈りに、婆は川に洗濯に…。婆が川の流れから拾った柿の実が、臼の中で、子犬に変わった。我が子のように可愛がった
子犬が大きくなって、裏山で「此処を掘れ!ワンワン」と教えた。爺が掘ると、大判小判など宝物がどっさりとでてきた。隣家の強欲爺が自分もと、無理矢理に犬を追い立てて、吠えさせたが、がらくたしか出てこない。腹を立てて、犬を殺してしまう。爺婆は泣く泣く亡骸を持ち帰り、埋葬してその上に一本の木を植えて日々弔うのであった。墓の上の木
が大木になったとき、爺婆はこれで餅つき臼をつくった。爺婆が餅つきをすると、大判小判など宝物がどっさりとでてきた。犬のお陰と爺婆が喜んでいると、隣家の強欲爺が無理
矢理に臼を借り出していく。が、またもがらくたしか出てこない。腹を立てて、臼を斧でかち割り、竃で燃やしてしまう。臼を返してもらいにきた爺婆は、ひどい仕打ちに泣きながら、竃の灰を拾い集めて家に返ろうとする。その途中に風が吹いてきて灰が飛び散り、そこらの枯れ木の枝に花が咲き乱れた。犬のお陰と爺婆は、その灰を大切にしまっておいた。その村にお殿様が来られたとき、爺婆は枯れ木に花を咲かせて殿様を歓待し、沢山のご褒美を頂いた。隣家の強欲爺が自分もと、灰をまいたが、花は咲かずに殿様や家来たちの目に入ってしまった。殿様は「このにせ者めが…」と立腹し、縛り上げて牢屋に入れてしまった。(日本昔話百選「花咲爺」より)。
精一杯、心とからだの力の限りに努力をするので、自分にとって嬉しい結果を与えて欲しいと、祈り、結果に感謝する姿勢が、健やかな考え方であるとせっちゃんは考えるようになった。そして、「下見て満足 上見
て努力 あゝ有り難や ありがたや」という言葉が浮かんできた。自分にとっての大きな喜びを感謝することはごく普通である。大切なことは、小さな喜びというプラスを感謝し、
さらには悲しみに陥らないという非マイナスをも、感謝すべきであると考えるのである。しかし、ここで自分にとってプラスかマイナスかを判断する基準線の設定が最重要案件である。これは個々人の宿題となる課題である。
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